2003年5月那覇

国映館ついに取り壊し

下から見上げたところ以前、 国映館で取り上げた映画館「国映館」(2002年に閉鎖)が取り壊されているという。トラックバックをいただいたmoniccaさんのCream in my Coffee さらば国映館で知った。moniccaさんの記事には取り壊されている様子を撮影した写真も掲載されていて、思わずちょっと恥ずかしくなるようなコメントをしてしまった。
個人的には戦後の雰囲気を感じさせる建物がなくなるのは寂しいが、土産屋ばかりが目立つようになってしまった国際通りににぎやかさを取り戻せるような物ができてほしいとも思う。
写真は前回の旅行のときに撮影した国映館。国際通りの反対側から全体像を撮影しなかったのが悔やまれる。
切符売り場

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消えるダイナハ

ダイナハというのは現ダイエー那覇店のこと。開店当初はダイナハと称していた。

ダイエーが沖縄からの撤退するという。D介さんのすたぱんびん カフェ blog(トラックバックしました)で知った。先日の新聞の見出しでダイエーが中国・四国地方から撤退するという記事を見かけてはいたがよく読んでいなかったので沖縄のことは知らなかった。昔のダイナハしか知らないので那覇店も不採算店だったとは思わなかった。

検索したら琉球新報でも記事があった。

2003年の旅行でたまたま通りかかったので立ち寄ったのだが、直接記憶に結びつくものがなかったので、すぐに出てしまった。今となっては行っておいて良かったのかも。

それにしても先日の銀バス、国映館といい、私の知っている那覇が消えていく。

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パレットくもじの本屋

鉄血人文主義!: 岡本恵徳『現代文学にみる沖縄の自画像』でコメントのやりとりをしているうちに気になって調べたこと。関心のある人は既に知っていることだろうし、興味がない人が読んでもたいした情報はありません。

2003年5月の那覇旅行のとき、パレットくもじにある書店に出かけた。そこは沖縄で出版されている本が充実しているという話を聞いており、また私の記憶が正しければそのむかし在住していた頃にときどき出かけた大きな本屋(当時は独立した店舗をだった気がする)のはずだった。
ところがそこにあったのはリブロで最近変わったということだった。その時は深く考えずにいたのだが、今回改めて検索してみると沖縄文化の現実(大げさ?)が浮かび上がってきた。元々あった書店は文教図書といって書籍販売の県内最大手だった。沖縄タイムス 社説 2001.8.3によれば

文教図書は、県内の戦後教育、とりわけ復興期の教育と関係が深い。中高年者は、教科書は同社を経て学校に届けられたことを、まず思い出すのではないだろうか。

 同社は、戦後間もない一九五〇年に県内の教職員やPTAなど教育関係者が株主となって設立したのである。

ということだった。ところが、2001年に那覇地裁に民事再生の手続きを申し立てる事態となり、2003年に至ってパレットくもじ内の店舗と営業権をリウボウに譲渡し、リウボウがリブロに運営を委託することになったという。
ちなみに私が探していた本はリブロにはなく(文教図書時代にはあったらしい)、国際通りの本屋を探し回ってやっと見付けることができた。しかし、後日、銀座のわしたショップに行ったら売っていた。わしたには何度も行っていたのにそれまで気付かなかった。

参考
沖縄タイムス 社説 2001.8.3 文教図書 ぜひ立ち上がってほしい
 琉球新報ニュース 文教図書がリウボウに営業譲渡(2003年4月1日付け)

ぱれっとくもじ前の街路樹写真はパレット久茂地前にあった街路樹

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5LDK 8万円

2003年の旅行のとき、那覇の松尾2丁目で見つけた物件。2階全フロア5LDKだそうだ。
5ldk.jpg

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栄町市場

久しぶりに那覇旅行記。でも写真がない。。←寂しいので沖縄県立図書館から素材をもらってきました(9月20日)。那覇旅行の目的の一つに市場巡りがあった。牧志の公設市場は余りにも有名で観光地化されてしまっていると「ディープ」な沖縄ファンの間ではいわれているらしいが、沖縄にしかない雰囲気があって個人的にはよかったと思う。国際通りがあまりにも土産物屋だらけになってしまったのが驚きだったが、それとは対照的に生活感が漂っていた。

では観光地化されていない「市場」とはどんなものだろうかと、友人と出かけていったのが「栄町市場」(なはまち:那覇の街・生活・観光情報地図あり)。のんびりした雰囲気がいいとか、寂れた感じがいいとか、地元でもあまり知られていないとか、ってあちらこちららで紹介されていて、しっかり「ディープなファン」向けに観光地化されているのだけれど、それはともかく安里の交差点近くにある市場とおぼしき場にたどり着いた2人が目にしたものは...。シャッターの降りたアーケードだった。開店時間前だったらしい。残念。食べ歩きがしたかった。
ところでこの市場DVDにもなっているということを先ほど知った。『沖縄ジャンクフードでDVDパーティ』で紹介されていてその名も沖縄ちゅらビデオ「居眠り市場」という。BGMがなく、平良とみさんが案内役で意外にちゃんとした内容のようだ。それにしても普通の市場がDVD化されるかなあ。
沖縄県立図書館提供那覇市(平和通り) 写真は沖縄県立図書館-沖縄素材集(街並み)牧志の平和通り。

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銀バスがなくなる

去年の那覇旅行でお世話になった那覇交通のバス運行事業が17日に終了したという。
トラックバック先のサニー比嘉さんの南西ブログ~沖縄とか、南西ブログ~沖縄とか、: 銀バス終焉。で知った。
那覇交通のバスは、銀バスの名で知られている。私が子供の頃、那覇で暮らした時期にちょうどナナサンマルがあって、一斉に新車になったバスがまさに銀色に輝いていた記憶がある。去年、乗ったときには、ずいぶんと古ぼけて、記憶との落差に驚いたのだが、サニー比嘉さんの記事によるとナナサンマルの時のバスをそのまま使っていたのだという。もっと目に焼き付けておけばよかった。

などと感慨にふけっていられるのは外の人間だからで、利用者や従業員には深刻な話なのである。サニー比嘉さんが紹介している沖縄タイムス ニュース銀バス別れの時/那覇交通業務終了 那覇バスきょう発車を参照。

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去年の土産

以前書いたように、私は酒が飲めない(と書くと、また、こうさぎに「飲め」と責め立てられるのだろうか)。旅行のときに、ラフテーにでも使おうかと、泡盛の360ml瓶をた買った。それがまだ少し残っている。このまま古酒になるのだろうか。それにしても、重いのにこちらでも買えるようなものを買ってしまったのは、舞い上がっていたのだろう。
泡盛の瓶

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福州園の後に(番外編)

写真は福州園にあった何かの聖人像。福州園ではゆっくりできなかった。飛行機の時間が迫ってくる中でどうしても立ち寄りたかった店があった。「波の上ビーチ」そばにあるハンバーガー店「Jef」。そこのゴーヤーバーガーが食べたかった。「Jef」自体はチェーン店なのだが、旅行コース近辺にはなくて、ちょっと遠回りした。その途中に福州園があったので寄ってみたのだった。ゴーヤーバーガーは適度な苦みがよかった。なぜ東京にはないのだろう。
聖人像?

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飲めないのに泡盛古酒3升当選結末

結局、古酒三升壺はどうなったかというと、酒好きの知人にあげることになった。食事(インド料理)をおごらせ、彼はうちから壺を抱えて帰っていった。多摩川に架かる橋を壺を抱えてわたったらしい。
酒には疎い私だったが後で調べてみると、フランス料理のフルコースでもよかったのかもしれないと少し後悔した。
その知人の友人たちと泡盛を飲む会が催され、そこで味見をさせてもらうことができた。味を理解する以前にちょっと口に含んだ段階で酔いが回ってしまったのだった。

で、その知人と一緒に那覇に行くことになるわけだったが、その時はそんなことは全然思っても見なかった。

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飲めないのに泡盛古酒3升当選

強引に沖縄関連記事を増やす。
たしか3年前のことだった。沖縄物産店で何気なく応募したら泡盛古酒3升壺入りが当選してしまった。酒が全く駄目でコップ半分のビールで寝てしまう私は、どうしていいかわからず、狭い部屋で途方に暮れてしまったのだった。そしてこの出来事も2年後の沖縄行きにつながっていく。
3升壺

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